Second Nature | teamLab / チームラボ

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Second Nature
2026.7.03(金) - 2027.1.10(日)ムンバイ, ニタ・ムケシュ・アンバニ文化センター

Group Exhibition

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Second Nature
2026.7.03(金) - 2027.1.10(日)ムンバイ, ニタ・ムケシュ・アンバニ文化センター

Group Exhibition

作品

花と人、コントロールできないけれども共に生きる / Flowers and People, Cannot be Controlled but Live Together

花々は生まれ、咲き、やがて散り、死んでいく。生と死を、永遠に繰り返し続けながら、生まれる場所はゆっくりと移り変わっていく。人々がじっとしていれば、その付近の花々は咲き渡り、人々が花に触れたり、歩き回ったりすると、いっせいに散って死んでいく。作品はあらかじめ記録された映像ではなく、人々のふるまいの影響を受けながらリアルタイムに描かれ続け、同じ絵は二度と現れない。
春、国東半島の里山を訪れた際、山の中の桜やふもとの菜の花を見ながら、どこまでが人によって植えられたものなのか、どこまでが自生している花々なのか、疑問に思った。そこは多くの花に溢れ、非常に心地よい場所だった。その自然は、人の営みの影響を受けた生態系であり、自然と人間が対立するものではないことを感じさせた。心地よい自然とは、人の営みも含んだ生態系なのではないか。本作は、自然を完全にはコントロールできないという前提のもとで、自然のルールに寄り添う人の営みを模索する。
本作品は、「超主観空間」によって描かれた、身体・他者・時間・環境とともに生成し続ける、生態系的な絵画空間である。鑑賞者は、作品世界を身体で歩き、触れ、同じ空間にいる他者とともに変化させていく。
この絵画空間は、レンズや単一視点の遠近法で平面化された映像や絵画とは異なる。レンズや単一視点の遠近法による映像や絵画では、空間は画面の奥に現れ、そこに広がる空間と鑑賞者のいる空間は分断され、画面が境界面となる。そして、視点は一点に固定され、身体の自由は失われる。一方、「超主観空間」による画面は、私たちのいる場所と作品世界を隔てる境界ではない。作品世界は窓の外にあるのではなく、鑑賞者の身体がある空間と境界なく連続する、ひとつの場として現れる。また、前後左右すべての場所が視点になりうるため、視点は無限に存在し、鑑賞者は自由な身体を取り戻す。鑑賞者は特定の一点に縛られず、身体を動かし、視線を自由に動かすことで、時間とともに変化していく作品世界をそのつど再構成し、自らの中に絵画空間をつくり上げていく。そのとき、この作品は、鑑賞者が歩き、触れる、中心のない主観的・身体的絵画空間となる。
この空間では、鑑賞者と作品の境界は曖昧になる。身体がそこにあるだけで作品は変容し、他者のふるまいもまた作品世界を変えていく。従来の美術鑑賞において、他者はしばしば、作品との一対一の関係を妨げる存在として感じられた。しかしここでは、他者の存在が作品に新たな変化を生む。他者は、作品を豊かにする存在へと転換される。
本作は、絵画を「画面の向こう側にある世界」から、身体・他者・時間・環境と連続する空間へと拡張する試みである。作品は人々のふるまい、花々の生と死、時間の流れ、空間全体の関係の中で生成し続ける。ここでは、絵画は単体として完結するものではなく、人々の身体と関係し、他者の存在を内包しながら、境界のない生態系的な場として存在する。

呼応する小宇宙 - 固形化された光 / Resonating Microcosms - Solidified Light

それぞれのOvoid は、人に押され倒れると、光を強く輝かせ、音色を響かせながら自ら立ち上がる。周辺の Ovoid も次々に呼応し、同じ光と音色を連続させていく。人々のふるまいによって作品空間は変容し、人々と環境を作品の一部にしていく。
その内側に現れる色彩の模様の姿形は、見られるまでは無限の可能性として存在し、鑑賞されるその瞬間に、その人の視点において一つの姿形として確定する。そして、鑑賞者の動く身体、その彫刻自体の揺らぎ、周囲の環境に呼応して、その姿形は変容し続ける。
本作品は、《teamLabBall》(2009-)から続く「呼応する群体彫刻」のシリーズの作品である。個々の彫刻は自律した物理的存在でありながら、互いに呼応し、群体として一つの連続した場を形成する。
このシリーズでは、身体で押すこと、他者が動かすこと、野外では風や雨という環境の作用、野生動物のふるまい、そして同じ彫刻群の中の隣接する彫刻や、周辺の別の作品、これらすべてが呼応の契機となる。一つの彫刻に生じた光や音や動きは、その個体に閉じることなく、近くの彫刻へ、さらに周囲の作品や空間へと連鎖し、全体へ連続していく。
ここでは、人間だけが作品を動かすのではない。身体、他者、環境、作品が同一の生態系的な応答場に接続され、個々の彫刻は単体として完結するのではなく、関係の中で存在し続ける。
この構造は、彫刻を「自律した個としての物体」から、身体・他者・環境・他作品との関係の中で生成し続ける、ネットワーク的な存在へと拡張する試みである。人間と非人間がともに参与するこの生態系的な応答場において、彫刻の境界は、個々の物体の輪郭にはとどまらない。

Nirvana: Fleeting Flowers, Radiance Within

Fleeting Flower シリーズの本作は、生と死を繰り返す花々によって、作品世界が描かれる。人々が触れると、花は散り、作品世界は欠けていく。すべては、境界のない生命の連続性の上に、危うく奇跡的に存在する。
本作は、近世の京都で活躍した伊藤若冲(1716–1800)の《鳥獣花木図屏風》や《樹花鳥獣図屏風》をモチーフにしている。若冲は、画面全体を数万もの升目に区切り、動植物の色を升目ごとに分割して配置する「升目画」という特異な表現を残した。升目画は、近距離では升目の集積として現れるが、遠距離では分割された色が光学現象である視覚混合によって混ざり合い、動植物の像として現れる。距離によって、見える像が変化する。本作では、その升目画が持つ「視点と認識によって像が変わる」という論理構造を参照しながら、花々の生命、視覚混合、身体の動き、光、そして他者との関係によって、絵画空間を生成し続ける。
部屋全体を囲む四面の壁は、一つの絵画空間となる。鑑賞者は、絵画の外から画面を見るのではなく、花々によって描かれた世界の中に入る。自らが触れることで花は散り、世界は欠ける。同時に、他者が別の場所で触れることによっても、その場所の花々は散り、作品世界は変化する。自分の身体、他者の存在、そして作品世界は、同じ空間の中で互いに関係し合う。
ここでの絵画空間は、「超主観空間」によって描かれているため、自由な身体を回復させる絵画空間となる。
一方、画面には絵画世界が描かれながらも、同時に強い煌めきがその世界を覆っている。その煌めきは、絵画世界を描く光そのものが、画面上で反射することによって生じる。煌めきは、鑑賞者が動かなくても、時間とともに変化し続ける。そしてさらに、環境や鑑賞者の動く身体にも呼応して、その姿はその都度変化し、絵画世界の奥から輝く。
この光の煌めきが生む空間は、平面絵画に描かれたイリュージョンとしての奥行きではない。それは、時間、環境、そして鑑賞者の身体の動きと絵画世界を描く光によって、その瞬間に立ち上がる空間である。絵画空間は画面上に現れながら、身体が存在する実空間と連続し、絵画空間の奥へ、身体的な光の空間として広がっていく。
超主観空間による身体的な絵画空間と、身体的な光の空間は、重なり合い、鑑賞者のいる空間と接続された、境界のない身体的な絵画世界は生まれていく。
本作は、作品を単体として完結するものではなく、人々との関係の中で意味を更新し続けるものとして提示する。自分が触れること、他者が触れること、身体が動くこと、光の煌めき。それらすべてが作品世界を変化させる。ここでは、生まれ、咲き、散っていく花々、鑑賞者の身体、他者の存在、そして光の煌めきが重なり合い、絵画空間は実空間と連続する、身体的な光の絵画世界へと拡張される。
チームラボについて
アートコレクティブ。2001年から活動を開始。集団的創造によって、アート、サイエンス、テクノロジー、そして自然界の交差点を模索している国際的な学際的集団。アーティスト、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、数学者、建築家など、様々な分野のスペシャリストから構成されている。 チームラボは、アートによって、自分と世界との関係と新たな認識を模索したいと思っている。人は、認識するために世界を切り分けて、境界のある独立したものとして捉えてしまう。その認識の境界、そして、自分と世界との間にある境界、時間の連続性に対する認知の境界などを超えることを模索している。全ては、長い長い時の、境界のない連続性の上に危うく奇跡的に存在する。 チームラボの作品は、ビクトリア国立美術館(メルボルン)、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(シドニー)、南オーストラリア州立美術館(アデレード)、オーストラリア国立美術館(キャンベラ)、アモス・レックス(ヘルシンキ)、ロサンゼルス現代美術館(ロサンゼルス)、アジア美術館(サンフランシスコ)、ボルサン・コンテンポラリー・アート・コレクション(イスタンブール)、アジア・ソサエティ(ニューヨーク)などに収蔵されている。 teamlab.art Biographical Documents
展覧会について
『Second Nature』は、人間、テクノロジー、そして自然界の間で進化し、互いに依存し合う関係性に焦点を当てています。本展は、アートとテクノロジーの最前線で活動する国際的なアーティストによる世界的な共同事業であり、実験的なアート分野を切り拓くSuperblueの共同創業者およびキュレーターによって企画されています。

本展では、デジタルシステムを、受動的な鑑賞ではなく身体的な参加を促す相互作用的な環境へと変容させます。アーティストたちの独創的な手によって、私たちの生活に浸透し仲介している、見慣れた、時には懸念をもたらすテクノロジーが、感覚的で、記憶を呼び覚ますような、詩的なものとして表現されます。そこでは、アルゴリズムや、消滅と再生という自然の循環に対する、能動と受動の間の緊張感が捉えられています。平面的な画面やキャンバスに代わるこれらの体験型作品は、来場者に移動、反応、接触を促し、アート自体の一部となるよう働きかけます。『Second Nature』は、人間、自然、テクノロジーの境界線が消失し始める中での可能性を考察し、私たちの共通の未来を形作る変動的なエコシステムへと来場者を誘います。

本展は、Superblueの共同創設者であるモーリー・デント=ブロックルハースト氏と、キュレーター部門責任者のマルゴ・モタ氏がキュレーションを手掛けています。

来場案内

会場情報

Second Nature

会期

2026.7.03(金) - 2027.1.10(日)

時間

火曜日 - 木曜日、日曜日 11:00 - 20:00
金曜日 - 土曜日 11:00 - 22:00

休み

月曜日

アクセス

住所

ニタ・ムケシュ・アンバニ文化センター
Jio World Centre, G Block Rd, G Block BKC, Bandra Kurla Complex, Bandra East, Mumbai, Maharashtra 400051

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