Digitized Nature
2002
自然を破壊することなく、非物質的なデジタルテクノロジーによって、自然が自然のままアートになる。
Digitized Nature は、光、音、センシング、ネットワークなどの非物質的なマテリアルによって、生きたまま自然をアートにする試みである。ここでは、自然は作品の背景ではない。自然は、作品の場であり、作品の一部であり、作品の存在条件である。
自然そのものの姿形、質感、変化には、長い時間と、生態系との連続性が内在している。そこには、人間の理解を超えた圧倒的な情報量がある。自然は、それ自体が生態系の一部でありながら、その表面や内部にも生命を宿し、生態系を成している。人間が作る物体とは違い、その存在の輪郭は曖昧である。
ここで起きているのは、自然を素材として加工することではない。自然の姿形、質感、変化、自然が内包する生態系、そして環境が、作品の生成条件になっている。自然を人間が彫刻するのではなく、自然そのものが持つ形、質感、変化、時間、生命、関係性を、作品として開いていく。
Digitized Nature は、自然とアートの関係を、物理的な大地への介入から、非物質的な共存へと移行させる試みである。自然を破壊せず、自然が自然のままアートになることで、人々の意識は、自然を対象として見ることから、自然の中に存在し、自然と連続していることへと開かれていく。
FEATURED WORKS
teamLab, 2014-, Interactive Installation, Sound: Hideaki Takahashi, teamLab
それぞれの木は、人々や野生動物が近づくと、光を強く輝かせ、音色を響かせる。周辺の木々は次々に呼応し、光と音色を連続させていく。
木々は、周辺の作品とも呼応し合い、互いに光と音色を連続させていく。木々の奥から光が押し寄せてくれば、それは向こうの方に人、あるいは野生動物がいることを意味する。身体、他者、野生動物のふるまい、そして周辺作品によって作品空間は変容し、人々と環境も作品の一部になっていく。
本作は、Digitized Nature の作品である。Digitized Nature は、自然を破壊することなく、自然が自然のままアートになる試みである。
森の木々そのものの姿形、質感、変化の中には、長い時間、生命の連続性、生態系との関係が内在している。木は、それ自体が生態系の一部でありながら、その表面や内部にも生命を宿し、生態系を成している。人間が作る物体とは違い、その存在の輪郭は曖昧である。
そのような木々に、センシング、ネットワーク、光や音といった非物質的なマテリアルが重なることで、木々は木々のまま、互いに呼応し、群体として一つの連続した場を形成する。これは、人間が自然を素材として彫刻するのではなく、長い時間と生態系の中で形づくられた木々が、木々のまま、呼応する群体彫刻として立ち上がる試みである。
ここでは、人間だけが作品を変化させるのではない。身体、他者、野生動物、環境、木々、そして周辺作品が、同一の生態系的な応答場に接続される。個々の木は単体として完結するのではなく、関係の中で存在し続ける。人々は作品を見るだけではなく、木々の呼応の中に入り、他者や野生動物、環境の存在を、光と音の連続性を通して感じる。
この構造は、自然を作品の外部にある対象としてではなく、人々や環境とともに変化する生態系的な場として提示する。
増殖する生命の滝 - 四国の山奥 / Ever Blossoming Life Waterfall - Deep in the Mountains of Shikoku
teamLab, 2016 - 2017, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi
力強く流れ落ちる滝と、その滝によって、長い月日をかけて形作られた岩の空間に、花々が永遠に咲いては散っていく。一年間のこの地域の花々が変化していく。
花は生まれ、成長し、つぼみをつけ、花を咲かせ、やがて散り、枯れて、消えていく。つまり、花は誕生と死滅を、永遠に繰り返し続ける。
生命は、地球の何十億年という圧倒的な時間のスケールと、生命の永遠に繰り返されてきたサイクルでできている。しかし、人間は、なかなかそれを知覚することが難しい。
岩は無機物であり非生命である。しかし、花々の誕生と死滅が永遠に繰り返された時、圧倒的に長い時間をかけて、滝によってできた岩の造形は、巨大な力強い生命の塊そのものであることに気が付く。
溪谷に咲く花、流れ込む滝 - 大歩危小歩危 / Flowers Bloom under the Waterfall in the Gorge - Ōboke Koboke
teamLab, 2016, Digitized Nature, Sound: Hideaki Takahashi
世界は、永遠に繰り返されてきた力強い生命のサイクルと、地球の何十億年という圧倒的な時間のスケールでできている。
水は、生命の源である。峡谷を削りながら力強く流れる川の水面に、花々が永遠に咲いては散っていく。花は、生まれ、成長し、つぼみをつけ、花を咲かせ、やがて散り、枯れて、消えていく。つまり、花は誕生と死滅を、永遠に繰り返し続ける。
そして、その力強く流れる川によって、長い月日をかけて形作られた峡谷の切り立った崖の岩肌に沿って、滝が流れ込む。滝は、実際の崖の形で、水の動きを物理計算して描いている。水は、無数の水の粒子の連続体で表現し、粒子間の相互作用を計算している。そして、水の粒子の物理的な挙動によって線を描く。その線の集合で、峡谷に切り立った崖に滝を描いている。
作品はコンピュータプログラムによってリアルタイムで描かれ続けている。あらかじめ記録された映像を再生しているわけではない。全体として以前の状態が複製されることなく、今この瞬間は二度と見ることができない。
海に浮遊する、呼応する球体 ‐ 美らsunビーチ / Floating, Resonating Spheres on the Sea - Chura Sun Beach
teamLab, 2017, Interactive Digital Installation, Endless, Sound: Hideaki Takahashi
球体は、人が叩いたり何かにぶつかったりして衝撃を受けると、色を変化させる。そして、そのまわりの球体も呼応し、同じ色に変化していく。そして次々にまわりの球体も連続的に呼応していく。