旧福岡醤油建物は、明治時代(1868 - 1912)に建てられ、かつては醤油製造に使われていた。当時は真っ黒い醤油が貯蔵されていたであろう地下は、同じように黒い液体に満たされ、四方に無限に広がる茶室となって、茶の時間が続いていく。
一服の茶を点てると、茶は光を灯し、近くの光のリズムと引き込み現象を起こしていく。
引き込み現象とは、異なるリズムが互いに影響を受けてそろっていくこと。壁にかかった2つの振り子時計の振り子がだんだん揃っていくこと、1本の木にたくさんホタルが集まると皆同じタイミングで点滅をはじめて大きな光を作り出すこと、心臓を構成する細胞たちが同期して同じタイミングで震えることによって心臓の拍動が生み出されていることなど、物理現象、神経生理、生命系や生態系など多様な系で見られる。個々が全体を俯瞰する能力を持たないにも関わらず、個々の自律的な振る舞いの結果として、秩序を持つ大きな構造を作り出す現象である自己組織化であり、自発的秩序形成とも言える。
本来宇宙では、エントロピー(無秩序の度合いを表す物理量)が極大化に向かうとされ(エントロピー増大の法則)、形あるものは崩れていくのが摂理だ。しかし、それでもこの宇宙や生命、自然や社会が成り立っているのは、無秩序に向かう中で、自己組織化という共通の現象によって、ひとりでに秩序が生まれているからかもしれないのだ。つまり、この宇宙も、自分の存在も、同じ現象によって連続的に生まれた秩序なのだ。
「茶の本」(1906)の著者である岡倉天心(1863 - 1913)は最期の手紙の中で、「私は宇宙と全くうまくやっており、宇宙からこの頃与えられるものに対して感謝、そう大変感謝しております。」と語っている。茶とは、「人間と宇宙とが究極的に一体となること」を目指した時間だったのかもしれない。