空の海の記憶 / Memory of Waves in the Sky
teamLab, 2025, from the series of Memory of Waves, 2024-, installation, Sound: Hideaki Takahashi
空の海の記憶 / Memory of Waves in the Sky
teamLab, 2025, from the series of Memory of Waves, 2024-, installation, Sound: Hideaki Takahashi
永遠の時間の中で、海はその奥深くから輝く。
波を描く線の黒は闇、すなわち、光のない状態である。しかし、闇によって描かれた線は、そこに物質も光も存在しないにもかかわらず、海の白よりも手前に存在し、流れ続ける。
存在の認識とは、そこに物体や光があることではない。
それは、まわりとの関係の中で生まれ、形づくられていく。
この絵画空間は、認識上の空間である。一方、輝きが生む空間は、空間のイリュージョンではなく、身体的に経験される空間である。ここでの絵画空間は、「超主観空間」によって描かれているため、自由な身体を回復させる絵画空間となる。これらの二つの空間が重なり合い、この身体的な絵画世界は生まれていく。
この「超主観空間」によって描かれた絵画空間は、レンズや単一視点の遠近法で平面化された画面とは異なる。
レンズや単一視点の遠近法による映像や絵画では、空間は画面の奥に現れ、そこに広がる空間と鑑賞者のいる空間は分断され、画面が境界面となる。そして、視点は一点に固定され、身体を失う。
「超主観空間」による画面は、私たちのいる場所と作品世界を隔てる境界ではない。作品世界は窓の外ではなく、作品世界は鑑賞者の身体がある空間と境界なく連続するひとつの場として現れる。また、前後左右すべての場所が視点になりうるため、視点は無限に存在し、鑑賞者は自由な身体を取り戻す。
鑑賞者は特定の一点に縛られず、身体を動かし、視線を自由に動かすことで、時間とともに変化していく作品世界をそのつど再構成し、自らの中に絵画空間をつくり上げていく。そのとき、この作品は、鑑賞者がその絵画空間を歩きまわる主観的・身体的な空間美術となる。