私たちは、見ている世界を認識しているのではない。私たちは、認識している世界を見ている。
無数の線の集合による球体。
細い光の線は、中心から放射状に無数に広がり、球体を形作る。光源は動かないが、無数の線はうごめき続ける。
球体には境界面がなく、作品と身体との境界の認識は曖昧である。球体に触れようとすると、物理的な境界面はないため、手は球体の中に入る。
この球体は、何か?線はなぜうごめくのか?
我々の世界は、我々の中にあるのだ。
そして、この線群の球体を認識したならば、認識している世界は広がり、日常においてもいたるところでこの線群の球体を見ることになるだろう。認識している世界が変わると、見えている世界が変わっていく。